グッドジョブ本人

丁寧に生きている記録

アーティストとの適切な距離感考2、またはANOHNIとの文通

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ANOHNI(アノーニ)というアーティストがいる。先日、新作PARADISE」をリリースした。Apple Musicなどで6つの収録曲を聴くことができるんだけど、内容はビョークの「Homogenic」をよりシリアスにして、社会的なメッセージを詰めたらこうなるのだろうか、といった感触。で、本作のリリースにあたってアーティスト本人がこんなメッセージを発表した。

「『PARADISE』は7曲入りの作品です。本作の最後のピースとなる『I NEVER STOPPED LOVING YOU』を聴きたければ、あなたが何を案じているのか、もしくは未来にどんな希望を抱いているのかを書いてこちらにメールしてください」

アントニーの変容

ANOHNIは、アントニー・ヘガティのソロプロジェクト。00年代にはAntony & the Johnsonsという名義で親しまれていて、そっちは生々しく人間美を追求したアートワークの通り、感受性つよつよリスナーを根こそぎ掻き乱していく超絶美メロと中性的な声が特徴的な“うたの人”だった。

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そんな彼女がANOHNIと名乗り、アルバム「Hopelessness」を昨年リリースした。歌詞は愛とか恋とかラララララをそのまま書くではなく、社会への問いかけを隠さないストロングスタイルに変形し、楽曲もメロディ追求のクラシックなものではなくて電子音でぶん殴るっていう格好に化けた。

「音楽に政治を持ち込むなよ」原理主義者であり、かつアントニーズのいちファンである私としては、彼女のメタモルフォーゼがアンバランスで、いびつに感じた。めちゃくちゃイヤだった。

そして2017年3月になってANOHNIはいきなり新作「PARADISE」を放つ。アントニー含む9人の顔をスクエアに並べたジャケットは不穏で、楽曲は当然社会的…というかドナルド・トランプと彼らがもたらす男性至上主義に対するバッキバキにアゲンストな感情をたっぷり反映させた、より輪郭のしっかりしたメッセージ作品になってる(詳しくは下記声明文をご覧ください)。

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文通の行方

Apple Musicを通して聴いた「PARADISE」の6曲はどうしたって美しくて、どう聴いてもうるさく感じた。だもんで最近は聴き放題サービスにも恵まれているし、もともと好きだったチェンバーな楽曲はこれまで通りルーファス・ウェインライトにまかせていこうか…みたいな気持ちにもなった。

しかし「私の音楽があなたにどんな影響を与えたとかそういうのはいらない。あなた自身のことにだけフォーカスして書いてください」とすら書くANOHNIのメッセージは外国語ながら何かの切実さを感じずにはおれず、最終的に自分がずっと思ってきて今も考えてることをありのままに書き、投稿した。チャットツール中心で仕事する人間としては、メールを、しかも外国のアーティストに書くという行為がすごく神聖な行為に感じられた。それから数日して、私はメールを受信した。

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受信トレイにこう出てくるの、スゲーびっくりしませんか…!

まあメッセージは当然ながら個別のものではなく「数千ものメッセージ、ゆっくり読んでるやで」から始まる送信者すべてに向けてのものだった。でも、彼女は今どんな言葉が寄せられているのかという説明をしたり、その中でも特に虐げられている人々の声に言葉をかけたりしている。文面には呼びかけのときと同様に彼女の真摯な言葉があった。

そんなことよりも肝心の曲だけれど。最終曲「I NEVER STOPPED LOVING YOU」は「これを聞かせなかった理由とはァ〜〜〜〜????!」とアンちゃん鬼詰め待ったなしなほど、信じられないほど、特段に、美麗いだった。「PARADISE」の6曲を通り越えた先にある、とどめの一撃にふさわしいエンディング曲。もうこれを体験してしまった以上、Apple Musicのやつは「Champagne Supernova」抜きのoasisのセカンドです!みたいなやつ。この曲があってはじめてシリアスな6曲の意味が明らかになるような、そんな感じです。こんなことがあるのか…!

著作者とのコミュニケーションを介した音楽体験

改めましてこんにちは。先日「最近のアーティスト近寄りすぎなんだよ!」とツバを飛ばした本人です。

biftech.hatenablog.jp

関わりを持つことで作品を作品として聴けなくなる恐れがあるのと、まあそれは建前として実際は見つめ合うと素直におしゃべりできないっていう性格上の深刻な不具合のせいで、私はいちリスナーとしての姿勢は崩したくないと思っている。そんなことを先述に込めたつもりだ。でもどうだ。早速ながらANOHNIとの“コミュニケーション”は、正直ちょっと「何か新しいフェーズに向かっているな…?」とドキドキしてしまいましたサセンサセン。

欧米では「リスナーがメアド登録とか一手間かけると楽曲を無料提供」ってけっこう多い気がする。要は「楽曲で小銭を稼ぐより、採取したメアドとかをメルマガ経由の物販とかさらなる実りにしていこうよ」っていうザ・Webマーケティングの手法のやつ。私の実体験だと2009年にFatboy Slimがアルバム「Palookaville」の先行曲として「Slash Dot Dash」の登録&無料ダウンロードがあった。あと、これはライブの話だけど私が2012年に「SXSW」に行ったときは無料ライブのほとんどが事前登録制で、帰国後にメルマガ掃除が面倒だったのをめちゃくちゃ覚えてる。こちらも大人なので、二次利用はぜんぜんオッケーです。

ANOHNIとの件も、上記のような二次利用の素材を提供した格好だ。彼女は我々のメアドと声を吸い上げた。そしてそれは、彼女による次の何かに変わろうとしている。英文メールをまだちゃんと読みきれてないんだけれど、どうもそうらしい。その点ではANOHNIのチェーンはマーケのそれとはかなり性質が異なっている。そしてそれは受けてであるこちらもそう。

ライブのMCでよく「お前らの声がオレ達をもっともっと熱くしてくれるんだァーーーッ!!(※TAKUYA∞さんの声あたりで再生してください)」みたいなのがある。わかっちゃいるけど、私はその言葉を聞いてやっぱり「こちらもーーー!!」となる。ANOHNIとの文通はそれと同じというか、いや、受け手としてはより実感を伴って「自分がアーティストの血肉になれたのかしら」という共犯者のうれしさを得られた形だ。

ANOHNIの今後に注目したい。自分の送ったものがどういう形になって凱旋するのか、めちゃくちゃ気になってる。幸いなことに「PARADISE」の7曲はこうして当分聴ける良作に仕上がってしまったので、それをしっかり聴きながら、私は全力で待機する所存だ。

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参考:ANOHNIオフィシャルFacebookページ